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東京地方裁判所 平成5年(ワ)1132号 判決

主文

一  被告らは、原告岸本興産株式会社に対し、各自、金五万円及びこれに対する平成四年一二月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告岸本興産株式会社の被告らに対するその余の請求及び原告岸本産業株式会社の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを二〇分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告らの負担とする。

理由

第一  請求の趣旨

被告らは、各自、原告岸本産業株式会社に対し金二五〇〇万円及び原告岸本興産株式会社に対し金二五〇〇万円の各金員並びに右各金員に対する平成四年一二月二四日(不法行為の日)から各支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

第二  事案の概要

一  争いのない事実等(証拠により認定した事実は末尾に当該証拠を摘示する。)

1  当事者

原告岸本産業株式会社(以下「原告産業」という。)は、埼玉県大宮市盆栽町三四二番地において大宮パークテニスクラブ(以下「本件クラブ」という。)を経営し、本件クラブの経営を原告岸本興産株式会社(以下「原告興産」という。)に委託している。

被告内野真由美を除く被告らは本件クラブの会員である。

2  本件クラブの会費値上げの交渉

本件クラブはその採算性が悪く、経費が収益を越える状態が長期にわたり継続しているため、原告らは、経営状態の改善のための一環として会費の値上げが必要であると判断した。そこで、原告興産は本件クラブの各会員に対し、平成四年五月一一日、会費値上げの通知を出し、さらに右各会員に対して、経理内容を開示し、会員との対話の機会を作つて会費値上げについての理解を求めるとともに、経営状態の改善について積極的な提案を求め、経営継続の方法を模索した。

右過程の中で、本件クラブの会員のうち五三名は、原告興産に対し、当初会費を二倍の値上げとしそれを五年間据え置くという案を提示し、その後、会費を二倍に値上げして三年間据え置いた後に二・五倍とし、会費には当日の利用料(フィー)その他を含むものとし、当分の間は利用者の同意がなければ利用料(フィー)その他を徴収しないという案を提示した。しかし、原告興産としては、右提案を受け入れ難いとして右五三名の代理人(安倍治夫弁護士。本件訴訟の被告らの訴訟代理人でもある。)に対して、その旨を伝えた。

3  別件訴訟の提起

本件クラブの会員のうち合計五三名(本件被告らのうち被告内野真由美及び同沼野精一を除く二一名を含む。)が原告らとなつて、原告興産を被告として、平成四年一二月二一日、当裁判所に対して損害賠償請求の訴を提起した(東京地方裁判所平成四年(ワ)第二二七一〇号。以下「別件訴訟」という。)。右別件訴訟は、右各会員は入会金及び保証金を支払つて本件クラブに入会したところ、原告興産は、右会員契約から生じた快適なテニス競技場を半永久的に提供する債務を履行せず、また経営改善の努力もすることなく本件クラブの会員に対し会費の高額な値上げを押しつけ、さらに暴力的会員を利用して本件クラブの閉鎖反対運動を鎮圧し、しかも会員間の不和・あつれきを醸成したとして、右各会員らは、平成五年二月九日、債務不履行に基づき右会員契約解除の意思表示をし、本件原告興産に対し、右解除に基づく原状回復請求として右入会金及び保証金の返還、債務不履行に基づく損害賠償請求として各々近隣地域に存在する本件クラブと同程度のテニスクラブに入会するための費用相当額(移転料)七〇万円及び慰謝料一〇〇万円の支払いを求めたものであつた。

なお、右別件訴訟については、平成五年九月一七日、別件訴訟の原告らの請求をいずれも棄却する旨の判決が言い渡された。

4  被告らによるデモ行進等

被告らは、平成四年一二月二四日午後零時五分ころから約二〇分間、東京都中央区日本橋本町四丁目一一番二号所在の、原告産業の支店及び原告興産本店辺りにおいて、別紙一のプラカード目録記載のとおりの内容を持つプラカード(以下「本件プラカード」という。)を掲げたり、あるいは、通行人に対し、別紙二のビラ(以下「本件ビラ」という。)を配付し、又はシュプレヒコールをして行進(以下「本件デモ行進」と略称する。)をした(なお、被告らが、右デモ行進を行つたことには争いがない。)。その後、被告らは、右原告産業の支店等のある場所を離れたが、再度午後零時四〇分ころ右場所に戻つて気勢をあげたうえ、午後零時四五分ころ解散した。そして、本件デモ行進等の記事(以下「本件新聞記事」という。)が平成四年一二月二五日付け朝日新聞埼玉版に掲載された。

二  争点

本件プラカードを掲げたり、本件ビラを配付した本件デモ行進により、原告らの名誉・信用等が毀損されたかどうか、及びそれによる原告らの損害額。

三  争点に対する当事者の主張

1  原告らの主張

(一) 本件デモ行進等の違法性・被告らの責任原因

被告らは、本件デモ行進を共謀のうえ行つたものであるが、被告らとしても一旦訴訟による紛争解決を選択した以上、法廷において主張立証を尽くし裁判所の判断を仰ぐべきであつて、訴訟外で相手方に圧力をかけ、又は相手の名誉や信用を傷つけることにより、自分たちの目的を達成する行為は慎むべきであり、被告らの右行為は自力救済の一種であり、かかる行為が許容されるのであれば、訴訟の相手方の自宅又はその周辺でデモをし、又はビラをまく等の行為により公然と中傷誹謗する行為もまた容認されることになつてしまい、国民を法の保護の外に置く危険さえあるのであつて、到底許されるべきものではない。

しかも、本件デモはもちろん、本件プラカード及び本件ビラの内容は、別紙一及び二のとおりであり、原告らは、本件プラカードを掲げられたり、本件ビラを配付されたことにより、名誉及び信用を毀損された。

(二) 損害

(1) 原告産業について

原告産業は、被告らの右行為により、名誉を毀損されるとともに、その経営に大変悪い影響を及ぼされ、有形無形の多大な経済的損害を被つた。別件訴訟提起後及び本件デモ行進後において、本件クラブに対し、右訴訟等について問い合わせてきた者があり、本件クラブにおいて、実情を説明した結果、右クラブへの入会を見合わせた者が既に四〇名ほど出ているが、別件訴訟の提起や本件デモ行進等がなければ、右の者が本件クラブに入会したのであり、その結果、原告産業は入会金等の収入を得ることができたはずであるから、右収入を得られなかつたことは消極的損害ということができる。

よつて、原告産業は、被告らに対し、各自、不法行為による損害賠償請求権に基づき、二五〇〇万円を支払うよう求める。

(2) 原告興産について

原告興産は、被告らの右行為により名誉を毀損されるとともに、原告興産に対して信用機関からの調査があるなど信用をも破壊され、その結果本件クラブの経営を危うくされ、経済的に甚大な損害を被つた。とりわけ、何者かによつて本件デモ行進の実施が事前に朝日新聞社に通知され、本件新聞記事が同新聞埼玉版に掲載されたことにより埼玉県内における原告興産の信頼は完全に失墜した。

よつて、原告興産は、被告らに対し、各自、不法行為による損害賠償請求権に基づき、二五〇〇万円を支払うよう求める。

2  被告らの主張

(一) 本件デモ行進等について

仮に、本件デモ行進の際、原告らが主張するようなビラの配付等が行われたとしても、被告らの各行為はいずれも消費者市民としての「幸福追求権」及び「表現の自由」の正当な行使の範囲に止まるものであるから、不法行為を形成しないというべきである。本件デモ行進は騒音も暴力行為も伴わずに、平穏かつ紳士的に行われたものであつて、その行使の態様において公序良俗に反するものではない。しかも、本件デモ行進は、プラカードを立てて公道上を一巡する行動にすぎず、法律通念上、自力救済を構成しない。また、デモ行進は相手方の不当をなじる行為であるから、多少の不快感を伴う皮肉的な批判を許されるのであり、しかも被告らは本件ビラ内容の批判的事実を正当なものと確信しつつこれを踏まえて行動したのであるから本件デモ行進を違法ならしめるほどに事実を歪曲した名誉棄損にならないというべきである。

(二) 原告らの損害について

法人には精神的苦痛はない以上、慰謝料の請求は不当である。

第三  争点に対する判断

一1  原告らは、本件デモ行進は自力救済の一種であつてそれ自体が違法であると主張するようであるので、まずこの点について検討する。

被告ら(被告内野真由美及び被告沼野精一を除く。)を含む本件会員らが提起した別件訴訟は、要するに原告興産に対する債務不履行責任を問うものであり、本件デモ行進の目的は、一面では別件訴訟を有利に進める目的があつたものと推認できないわけではないが、別件訴訟の訴状は、本件デモ行進後の平成五年二月九日に送達されたものであるうえ、別件訴訟は、本件クラブの会員契約が解除により終了したことを前提として、保証金の返還等を求める訴訟であるのに対し、本件デモ行進の目的は基本的には本件クラブの会費値上げや本件クラブ閉鎖について反対する旨の意思表明であるものと推認されること、前認定のとおり、被告らは、約二十数分の短時間、原告興産及び原告産業の本支店前及びその周辺において、本件デモ行進を行うに当たつて、本件プラカードを掲げ、あるいはビラを配り、さらにはシュプレヒコールをあげたにすぎないこと(なお、本件デモ行進が原告らの業務を妨害するような形態のものであつたことを認めるに足りる証拠はない。)からすると、本件デモ行進をもつて別件訴訟の損害賠償債権の自力救済行為と認める余地はないというべきである。なお、本件デモ行進が東京都の公安条例による許可申請がない、いわゆる無届けデモであることは原告らの主張のとおりであるが、公安条例によるデモ行進の規制は専ら公益的観点からなされるものであるから、そのことは右認定を左右するものではない。

2  本件プラカードを掲げられたり、本件ビラを配付されたことにより、原告らの名誉・信用等が毀損されたか否かについて検討する。

(一) 法人に対する名誉権侵害により無形の損害が生じた場合であつても、右損害の金銭評価が可能である限り、金銭賠償をすることができると解するのが相当である(最高裁判所昭和三九年一月二八日第一小法廷判決、民集一八巻一号一三六頁)。

いわゆるデモ行進にあたつて、プラカードが掲げられたり、ビラが配られたりすることは世上多々あることであるが、プラカードやビラは当該デモ行進において一般の人々に対して訴えようとした事実を、いわば視覚的に伝達するための手段の一つであるから、当該プラカード及び当該ビラの記載が名誉毀損を構成するかどうかについても、当該デモ行進において訴えようとした事実との関連性において判断するのが相当である。

(1) まず、本件において掲げられたプラカードの記載についてみるに、別紙一のプラカード目録No.2ないし6、9、11、12、15、17ないし19は、全体として、被告らにおいて本件クラブが会費を四倍に値上げをしたことに反発し、民法五四一条を理由に岸本産業系列会社(原告興産)を相手方として別件訴訟に及んだことを訴えようとしたものであると認められるのであり、右のような趣旨の内容を有するプラカードの記載によつて、原告らの社会的評価が低下したものと認めることはできない。また、同目録No.1、7及び20は、その記載文言からしても原告らの社会的評価を低下させるものとは認められない。

(2) しかし、本件プラカードの中には、本件クラブについて、「チェアーなくサウナも止めて久しい」(同目録No.8)、「割高指数……世界新記録、設備の半分は使用出来ず、ナイター・サウナ水飲場など止める」(同目録No.14)などと記載して、本件クラブにおいてはあたかも会員に対するサービスがほとんどなされていないかの如き印象を与える記載がされているもの、また、本件クラブの支配人について、要旨、昼間からビールを飲み、しかも主な業務は車の移動だけであるのに、原告らはかかる出向支配人に一〇〇〇万円を支払うという放漫経営を行つていると記載して(同目録No.10、13、16)本件クラブの支配人は仕事らしい仕事もしていないのに、原告らは同人に対して高額の給料を支払いながら、他方本件クラブの会員に対して会費値上げを行うという放漫経営を行つているかの如き印象を与えるものが存している。さらに、原告興産について「原告産業系列会社連続赤字」と記載して(同目録No.10、13)、同社が経営困難に陥つているかの如き印象を与えるものも存するのである。

(3) また、本件ビラには、「岸本興産は悪徳商法を撤回せよ」との見出しの記載のほか、原告興産が放漫経営のしわ寄せを会員に押しつけて本件クラブの閉鎖を企て、しかも本件クラブ会員の追い出しのために会費を四倍に値上げをしたうえ、本件クラブの閉鎖反対運動を行つている会員の代表に対して凶器を持つた暴力会員を使つてその鎮圧行動に出た(パトカー出動。全治一週間の暴行。)旨の記載がされているところ、右ビラによれば、原告興産の本件クラブの会員に対する応対は理不尽極まりないものである。すなわち本件クラブの放漫経営を会員に対する値上げという形で押しつけ、値上げに応じなければ本件クラブを閉鎖するとし、閉鎖反対運動に対しても暴力会員を使つて鎮圧行動に出ているかの如き印象を与えるものということができる。

(二) ところで、前判示のとおり、本件デモ行進は、本件クラブの会費値上・本件クラブ閉鎖に対する反対の意思表明という目的でされたものであり、その限りでは本件デモ行進自体が原告らの社会的評価の低下を招くものであると認めることはできないが、本件クラブのように、会員に対するサービスの提供によりその対価を得ている業種の場合には、当該クラブにおいてサービスが全くなされていないかの如き印象を与える記載がされることは経営上好ましくない影響・効果を与えることは否めないのであるから、右(一)(2)において認定したとおり、本件プラカード中には本件クラブにおいては個々のサービスがほとんどされていないかの如き印象を与えたり、連続赤字のために経営困難に陥つているかの如き印象を与える記載がされているものがある以上、本件プラカードの一部は原告らの社会的評価を低下させるものであることは否定できないというべきである。しかしながら、本件デモ行進は、本件クラブの会費値上・閉鎖反対の意思表明を目的とするものであり、右プラカードは、多数のプラカードの一部に過ぎないうえ、デモ行進中のプラカードの記載文言を正確に読み取ることは相当の注意力・集中力を要するものであり、一般大衆はデモ行進の趣旨を了知するに止まることも多いことに加え、本件デモ行進の時間も二十数分であることを総合すると、《証拠略》によつては、右プラカードを掲げることによつて、原告らの社会的評価が低下し、これにより具体的損害が発生したことを認めるに十分でなく、他にはこれを認めるに足りる証拠はない。なお、原告産業は、本件デモ行進のため本件クラブに入会するのを見合わせた者が四十数名に及び、入会金等の収入が得られなかつたことによる損害を主張するが、入会を問い合わせてきた者が別件訴訟や本件デモ行進等が行われたことのみをもつて入会を見合わせたとは本件全証拠によつてもこれを認めることはできないうえ、右入会に当たつて設定されている会費額は不明であり、右入会問い合わせ者が入会すれば直ちに現在生じている赤字体質が改善されるとの証拠はなく、右原告の主張する二五〇〇万円の損害については証拠がないというほかない。

次に本件ビラについては、本件デモ行進中に掲げられたプラカードとは異なり、直接不特定多数の一般大衆に配付されるものであるところ、前認定の本件ビラの見出しの一部のほか、同ビラの一ないし四の各記載によれば、原告興産は、本件クラブが会員追い出しのために会費の四倍値上げを要求し、かつ、支配人をして凶器を持つた暴力会員をテニスコートまで先導し、閉鎖反対運動の会員代表に対する鎮圧行動をけしかけたとするものであつて、右ビラは、原告興産の社会的評価を低下させるものというべきである。なお、被告らは、名誉毀損事実について、本件ビラ内容の批判的事実を正当なものと確信しつつ行動したと主張するものの、具体的な抗弁事実(真実性・相当性等)については主張立証しないのであるから、この点については判断を要しない。

そして、前記第二の一及び前記各認定の事実を総合考慮すれば、被告らの本件ビラ配付の不法行為により原告興産が被つた損害を填補するには、金五万円が相当である。なお、原告興産に対して信用機関からの調査があつたことをも損害として主張するが、その損害の内容が不明確であり、本件デモ行進との相当因果関係の範囲内の損害であると認めるに足りる証拠もない。

3  なお、原告興産は、本件デモ行進の実施が何者かによつて事前に朝日新聞社に通知され、右事実が同新聞埼玉版に掲載されたことにより埼玉県内における原告興産の信頼は完全に失墜した旨主張するが、記事の内容の決定や掲載の可否は右新聞社の判断でなされるものであることに鑑みると、仮に被告らが右通知をしたものとしても、そのことをもつて原告興産に対する不法行為を構成するとは認められない。また、《証拠略》によれば、当該記事はデモ行進等が行われた等の客観的事実を掲載するに止まるものであり、しかも原告側のコメントも併せ掲載していることが明らかである。

二  結論

以上のとおり、原告らの本訴請求は、原告興産が被告らに対し、各自、金五万円及びこれに対する平成四年一二月二四日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるが、原告興産の被告らに対するその余の請求及び原告産業の被告らに対する請求はそれぞれ失当である。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宗宮英俊 裁判官 深見敏正 裁判官 野々垣隆樹)

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